ゴーン氏逮捕で露呈した日本のお粗末なガバナンス体制

 日産のカルロス・ゴーン会長が逮捕されたことで、国内ではゴーン叩き一色という状態になっています。筆者はゴーン氏を過度に擁護するつもりはありませんが、有価証券報告書の虚偽記載は、投資家に対して説明していた数字と実際にもらっていた報酬額に違いがあるという話ですから、それほど大きな罪とはいえません。

 より重大な犯罪の容疑が十分固まっていない段階で、身柄を拘束したということであれば、一部から指摘されているように、この逮捕には何らかの政治的な思惑が存在する可能性が高いと考えた方がよいでしょう。

経営陣や従業員が会社を食い物にするのは日産の「伝統」

 今回の件で筆者がもっとも残念に思っているのは、企業としての正規の手続きを経ずに、このような形でゴーン氏を追放したことで、日産の組織や日本の株式市場がまたもや自浄作用を発揮できなかったことです。

 日産が経営危機に陥ったのは、当時の経営陣と従業員が経費を湯水のように使い、放漫経営になったことが最大の理由です。
 バブル当時の日産は、何と労働組合のトップが超高級車を乗り回し、ヨットで豪遊するという、常軌を逸した状況となっていましたから、早晩、会社が立ち行かなくなるのは多くの人が予想していました。結局、日産は自らの力で状況を改善することができず、外資の軍門に下るという形で再生されることになったわけです。

 もしゴーン氏が会社を食い物にしていたというのが本当ならば、会社を食い物にする首謀者が、前経営陣や従業員からゴーン氏にシフトしただけであり、企業としての体質は、実は何も変わっていない可能性があります。

 当時の日産の乱脈ぶりは、週刊誌などで何度も取り上げられ、大きな話題となっていましたから、中高年の人であれば、リアルタイムでその話を知っているはずです。

 当時は皆、若く、バブルの時代でしたから、そうした社会問題には興味関心がなかったのか、それとも、20年以上前の話は記憶から消滅しているのか、理由はわかりませんが、乱脈経営の結果としてゴーン体制が生まれてきたという一連の経緯について、一部を除いてほとんど話題になっていないというのはとても不思議なことです。

市場も組織も自浄作用を発揮できない

 日産はルノーの傘下に入ったとはいえ、日本市場に上場していますから、市場を通じたガバナンスというものがあるはずです。

 ゴーン氏の報酬が絶対値として高いのか安いのかという議論はともかく、親会社のルノーはフランス企業であり、フランスでは日本と同様、高額報酬は許容されていません。このためゴーン氏はルノーからは高額報酬を受け取ってきませんでした。最近でこそルノーの報酬も引き上げましたが、日産からだけ高額報酬を受け取るといういびつな状態であったことは間違いありません。

 こうした事実がある以上、本来はゴーン氏の処遇について、市場からの厳しいチェックが入ってしかるべきですが、日本の株式市場はその機能を果たすことができませんでした。

 結局のところ、日産は自ら浄化能力を発揮したことはなく、今回も、国家権力による逮捕という暴力的な形でトップを追放してしまいました。

 このままでは、同じ事の繰り返しになる可能性が高いでしょう。自浄能力を発揮できない国や市場というのは、冷酷な国際競争社会ではいいカモであり、淘汰されていく絶滅危惧種となりかねません。今後の日産が最初の絶滅種にならないことを祈るばかりです。