伝統という概念はかなり曖昧なもの

加谷珪一の情報リテラシー基礎講座 第28回

 前回は「ノスタルジーにはご用心」ということで、時間の経過が人の心理に与える影響について解説しました。今回、取り上げる「伝統」についても同じようなことが言えます。

今の結婚式のスタイルが確立したのはつい最近

 数年前、東京でも有数の大型案件といわれた総合結婚式場「目黒雅叙園」が2度も転売され、不動産バブルの再来かと業界関係者の話題となりました。目黒雅叙園は、都内では有名な結婚式場ですが、ここは、いわゆる総合結婚式場のさきがけとなった施設のひとつともいわれています(これについては諸説あり)。
 
 日本では、神前で結婚式を挙げることは伝統的な行事と思っている人が多いのですが、こうした風習が定着したのは実はつい最近のことです。
 
 日本では自宅に関係者を呼んで結婚を祝う「祝言」と呼ばれる儀式が伝統的に存在していました。今風の言い方に直せば人前結婚ということになるでしょう。これに対して、神前結婚は、明治政府が国家神道を推進したことではじめて普及したスタイルといわれています。それでも戦前には神前で結婚式を挙げる人は2割程度しかおらず、多くが人前結婚でした。
 
 披露宴会場で宴会を行うというスタイルも、目黒雅叙園や明治記念館といった商業施設の登場によってもたらされたものですから、戦後になって本格的に普及してきたものと考えてよいでしょう。

 そうなってくると、神前結婚のスタイルが日本の伝統なのかどうかは非常に怪しくなってきますし、結婚に対する考え方についても少し柔軟に考えていく必要がありそうです。

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結婚や姓のあり方も時代によって変わる

 最近は夫婦別姓をめぐる議論が活発となっており、世の中では様々な意見が飛び交っています。筆者は積極的な夫婦別姓論者ではありませんが、結婚したら夫の性を名乗り、名実ともに夫の家に入るという価値観が、絶対的な日本の伝統なのかについては少し疑ってかかるべきだと考えています。

 そもそも日本には、キリスト教的価値観に基づく一夫一婦制は存在していませんでした。結婚はイエとイエの関係でしたので、妻は最後まで自分の実家との関係を引きずっていたわけです。

 筆者の生まれた家は、戦国時代から代々続く士族の家系でしたが、残された古文書などを見ると、結婚は個人と個人の関係ではないことがよくわかります。結婚した際に、妻がどちらの性を名乗るのかは、士族と平民では異なっていましたし、そもそも氏名の概念が今とはかなり異なっています。

 男女の力関係も同様です。江戸時代以前は、日本は身分社会でしたから、男か女かではなく、家の格の違いでむしろ力関係が決まっていました。結婚したら相手の性を名乗り、名実ともに夫の家に入るという価値観は、むしろ戦後になって強まってきた概念なのです。

 そうなってくると、女性が名字を変えて男性の家庭に入るというスタイルは必ずしも伝統への回帰ではない可能性が出てきます。同じような現象は、ほかの分野でも観察されます。

 以前は、終身雇用や元請け下請けという企業系列は日本の伝統的価値観に基づいていると思われていました。しかし、これらの制度のほとんどは、戦争中の国家総動員体制の下で人為的に作られ、戦後にさらに強化されたものだというのがむしろ定説になっています。

 伝統が関係していると思われる問題について議論する時には、その伝統がどの程度の期間、通用していたのかついてよく吟味した方がよいでしょう。伝統とは常に変わっていくものですし、いつから行われていたのかによって、その定着度合いも変わってくるはずです。

 こうした問題については、あまり「こうあるべきだ」という話には持って行かない方がよいでしょう。残るものは残り、不要なものはなくなっていきます。たいていの場合、時間が解決してくれるはずです。

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