実力重視という言葉の背景にあるもの

お金持ちを科学する 第23回

 前回は、お金持ちの人が「運」を大事にする理由について解説しました。極限まで努力することで、逆に運を大事にする感覚が身に付くという話ですが、多くの人は、「そうは言っても実力で物事を達成しなければ意味がない」と思ったかもしれません。この考えは正しいように見えるのですが、実は、ここに大きな落とし穴があります。

実力というのは、すでに確立したものにしか適用できない

 運がいいことをネガティブに解釈し、実力がある人だけが成功するべきというのは、実は「使われる側」の人間の発想法であり、これはお金持ちになろうとする人にとって大敵なのです。

 実力という言葉を私たちはあまり深く考えずに使っています。実力が「ある」「ない」という評価は、評価の基準がすでに定まったものにしか適用でません。実力という概念は過去を対象にせざるを得ないのです。

 コンピュータがこの世の中に登場するまでは、プログラミングの実力というものがどのようなものなのか、ITの世界で実力がある人がどんな人なのか、誰も知りませんでした。一方、銀行員の仕事ははるか以前から存在しており、どんな人が銀行員として実力があるのか誰もが知っています。営業など他の仕事も同じです。

 つまり「実力」という概念を持ち出している限り、それは既存のものであり、そこには必ず先行者が存在しています。既存のものに取り組むということは、先行している組織や人に「使われる」ということであり、そこからの稼ぎは限定的とならざるを得ません。

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無意識に従属的になってしまうリスク

 常識を越える利益を上げるためには、他人がまだ取り組んでいない「未知」のものに積極的にチャレンジし、自分が第一人者になる必要があります。

 そのような世界では「実力」がどのようなものなのか誰にも分かりませんし、そうであればこそ、成功した場合には大きな利益を得ることが可能となります。そして、このような未知の分野で成功するためには、ある程度の「運」がどうしても必要となってくるのです。

 筆者は実力で結果を勝ち取ることを決して否定しているわけではありません。

 しかし、実力で勝ち取ることが重要という言葉の中には、無意識的に、既存のルールに従って競争し、立場が上の人から評価してもらうという意味が含まれています。そこにこだわり過ぎていると新しい機会を見失ってしまう可能性があることを指摘したいのです。

 世の中では多くの人が、既存のルールの中で、どうやって上から評価してもらうのかを考えながら生きています。それはそれで重要なことですが、その思考の枠組みから抜け出せなくなると、結果的に人生の選択肢を狭めてしまうことにもなりかねません。

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