ノスタルジーにはご用心

加谷珪一の情報リテラシー基礎講座 第27回

 このコラムでは、時間が過ぎてしまうと人の意識は大きく変化することや、これによって情報が歪められる可能性があることについて何回か言及してきました。ノスタルジーはその典型的な作用のひとつといってよいでしょう。

ノスタルジーは客観性を歪める

 かつて「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画が話題になったことがありました。昭和30年代の東京下町を舞台にしたノスタルジックな人情ドラマです。

 この映画は、基本的に、「当時は貧しかったものの、誰もが明るい未来を信じていた」という前提で制作されており、当時を懐かしむ中高年層から絶大な支持を集めました。それだけでなく、精神的な豊かさを実感できない若年層にも大きな影響を与え、ちょっとしたブームを巻き起こしました。

 確かに今の日本は何でもモノやサービスが揃っていますが、皆が精神的な豊かさを実感しているわけではありません。この映画を見ると、貧しくても希望があった時代のことを見つめ直してみるのも重要ではないかと思ってしまいます。

 しかし、現実の昭和30年代は、映画で描かれているような、希望に満ちた時代だったのかというそうでもないようです。

 映画には集団就職で上京してくる少女が登場します。集団就職とは、中学や高校を出たばかりの若者が地方から団体で上京し、東京の会社に就職する事を指します。

 当時の日本は高度成長の真っ只中であり、労働者が決定的に不足していました。地方は貧しく、兄弟のすべてを養うことができませんでした。都市部の企業と農村部の思惑が一致したことで、中学や高校を卒業したばかりの若者が、次々と列車で東京に向かっていったのです。

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昭和がよかったなんて嘘っぱち?

 こうした若者は貴重な労働力であり、世間では「金の卵」と呼ばれていましたが、本人たちは、希望に溢れて上京してきたという雰囲気ではなかったようです。実家に見捨てられたと感じながら上京した人もいましたし、その後の人生設計をどうしようか悩んでいた人も多かったといわれています。

 当時は岩戸景気と呼ばれる好景気だったのですが、この景気が終わって不況になってしまうと、集団就職の若者には仕事がなくなってしまうのではないかと見解が大半でした。現実には、その後、いざなぎ景気という長い好景気が続くことになり、こうした不安は杞憂に終わったのですが、これはあくまでも結果論です。

 当時の労働環境は今と比べるとかなり劣悪ですし、犯罪も多発していました。こうした映画を見て、今の時代を不幸と単純に考えることはやめた方がよさそうです。

 時間の経過による認識の移り変わりを知るためには、時系列的にその体験を整理できている人から話を聞くのが一番でしょう。日用品メーカーで「消臭力」などのヒットで知られるエステー化学の鈴木喬氏の話は非常に生々しく参考になります。

 鈴木氏は、経済誌のインタビューで「昭和がよかったなんて嘘っぱち」と、ノスタルジックな感覚についてバッサリと斬り捨てています。鈴木氏によれば、当時は想像を絶する格差があり、窃盗や暴行などが日常的にあったそうです。鈴木氏の発言にも偏りがある可能性がありますが、日用品メーカーの経営者の発言ですから、客観性は高いでしょう。

 少なくとも、昔について今の感覚だけで判断することだけはやめた方がよさそうです。こうした態度が行き過ぎてしまうと、すべて「昔は良かった」になってしまい、前を向くことができなくなってしまう可能性もあります。

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