経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 経済

日本がアルゼンチンから学ぶことは多い 後編

 2015年12月にアルゼンチンの大統領に就任したマクリ氏は、実業家出身で経済に明るく、国際金融システムとの協調路線を打ち出しました。改革は順調に進むかと思われたのですが、ここで思わぬ事態が発生します。米国の金融正常化とそれに伴う長期金利の上昇です。

経済的に正しい決断が国民に受け入れられるかは別問題

 マクリ氏は大統領に就任すると、為替の規制を撤廃するとともに、基礎的財政収支の数値目標を設定し、放漫財政に歯止めをかけました。

 米国を中心とする国際社会はマクリ政権の方針を歓迎し、アルゼンチン経済も安定するかと思われました。しかし、米国が金融正常化を進め、それに伴って金利の上昇がスタートしたことで、思わぬ影響がアルゼンチンに及んでしまいます。

 米国の金利が上昇したことで米国債への魅力が増し、投資家がアルゼンチンからドル資金を引き揚げてしまったのです。これはアルゼンチンに限らず、新興国全般に共通する話ですが、財政再建を進めようとしていた矢先のアルゼンチンには大きなショックとなってしまいました。

 通貨ペソの下落がさらに激しくなり、アルゼンチン当局は通貨流出を防ぐため政策金利を40%に引き上げるといった非常措置を実施。マクリ氏は最悪の事態になる前にIMFに支援要請を行ったというのが今回の経緯です。

 マクリ氏の決断は理屈上は正しいものですが、これが政治的に通用するのかはまた別の話です。アルゼンチン国内にはグローバリゼーションや構造改革への反対意見が根強く、今回の支援要請によってマクリ氏への批判が高まるのはほぼ確実といわれています。マクリ氏が国民をどこまで説得できるかがカギとなりそうです。

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これからの10年が今後100年の日本を決める

 アルゼンチンが没落した最大の要因は、戦後の工業化に対応できなかったからです。農業など同国の主力産業が既得権益化したことで改革が進まず、産業構造を変えることができませんでした。

 日本は戦後の工業化にはうまく対応し、鉄鋼、造船、自動車、エレクトロニクスなど、技術の進化に合わせて、次々と付加価値の高い産業を生み出すことに成功しました。これは高く評価してよい歴史ですが、一つ注意する必要があるのは、日本は太平洋戦争で一度、壊滅状態になったという事実です。

 終戦は従来型の多くの体制を破壊しましたから、終戦後の日本には既得権益はある意味で存在していませんでした。このため、多くのイノベーションを受け入れることができたわけです。

 しかし今の日本はどうでしょうか。世界の主要産業はエレクトロニクスからソフトウェア産業に、そしてAIへとめまぐるしく変わっていますが、日本社会は年々保守的になっており、こうした変化を嫌うようになっています。

 アルゼンチンの人たちも、変化に対応しなければいけないことは重々承知していたはずですが、既得権益とのせめぎ合いの中でそうした決断を下すことができなかったわけです。
 今の日本には、敗戦という過去との断絶はありませんから、社会全体として改革の痛みを共有しながら、新しい産業へのシフトを進めなければなりません。その点からすると、今の日本はかつてのアルゼンチンのように見えてきます。
 現在、国内の資金需要は国内の資金でカバーできていますが、今後は高齢化の進展で貯蓄率の低下が予想されます。そうなってくると、経済運営に必要な資金の一部は海外に依存することになり、その時には、今と同じ水準の政府債務や低金利は到底許容されないでしょう。

 まだギリギリの余裕があるうちに、産業構造の転換を進めると同時に、グローバルな資金調達に対応できる成熟した資本市場を整備しておく必要があります。悲観的な識者の中からは「日本の改革はもう無理」との声も聞こえてきますが、筆者はまだチャンスがあると思っています。これからの10年は日本にとって本当の意味で正念場となりそうです。

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