経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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リー・クアンユー氏死去から考える、豊かさと民主主義

 シンガポールの元首相で、建国の父とも呼ばれているリー・クアンユー氏が死去しました。91歳でした。
 シンガポールは、今やアジアでもっとも豊かな国のひとつとなっており、1人あたりのGDPは日本の1.5倍もあります。良好なビジネス環境や充実した教育制度、安い税制などに惹かれ、日本から移住するエリート層や富裕層も増えているようです。

 一方でシンガポールは、リー氏一族による独裁体制となっており、言論の自由がありません。アジアでもっとも豊かな国に、十分な民主主義が育っていないという現実は、なかなか複雑です。

シンガポール独立当初は絶望的な状況だった
 リー氏は、1965年のシンガポール独立以後、25年にわたって首相を務め、強力なリーダーシップで同国を世界有数の豊かな国に成長させました。

 しかし意外にもシンガポールが独立した当初は、自立して国家を運営していけるとは誰も思っていませんでした。
 終戦による旧日本軍の撤退後、シンガポールは現在のマレーシアの一部として独立を果たしたのですが、マレーシア国内で、マレー系と中華系の対立が激しくなり、結局、シンガポールはマレーシアから追放されてしまいす。

 シンガポールは都市国家で天然資源が一切ありません。現在でも水道はすべてマレーシアに頼っている状況ですから、マレーシアから追い出された時には、シンガポールは絶望の淵にありました。今の姿からは想像もできませんが、リー氏はシンガポールの将来に絶望し、涙ながらに独立宣言を行っています。

 このような厳しい環境で国を豊かにするため、リー氏は徹底した合理主義に基づいて国家運営を行いました。農業は諦め、国家主導でインフラを整備し工場を誘致しました。最近では金融ビジネスに舵を切り、シンガポールをアジア有数の金融センターに成長させています。

 シンガポールでは、人材だけが唯一の資源ですから、高い学歴を身につけることが推奨され、男女や民族を問わず、誰もが平等に働くことが国是となっています。

 低付加価値な仕事はすべて移民に任せていますが、移民は永住が許されず、一定期間が過ぎると強制的に帰国させられます。また女性の移民は子供ができたことが発覚すると、即、強制退去となります。
 一方で、外国の高学歴エリートや富裕層は徹底的に優遇し移住を勧めています。日本からの移住者がいるのもそのためです。

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日本はシンガポールを目指すべき?
 こうした徹底した合理主義を実現するため、リー氏は独裁的な政治体制を敷いています。野党の存在はごく一部存在する建前上の政党を除いて原則認められおらず、政府への批判は禁止されています。また非常に緩い形ではありますが、すべての国民が政府の管理下に置かれています。

 現在の首相はリー氏の長男であるリー・シェンロン氏ですから、事実上の世襲制といってよいでしょう。つまり、政府とリー一族さえ批判しなければ、豊たかな人生を送ることができるという仕組みなわけです。

 シンガポールの国家運営が大成功していることは誰もが認めるところですし、多くの国民が豊かな生活を満喫していると思われます。しかし、言論の自由がない国では、原理的に、政府に対して不満があっても、国民にはそれを口に出すことができません。

 現在の日本経済が非常に苦しい状況にあることから、シンガポールのように経済成長を最優先するのもひとつの方法だと主張する人もいます。

 しかし、日本のような先進国は本来そうあるべきではありません。超えなければならないハードルは高いですが、高度成長と民主主義の両方を目指すのが正しい姿でしょう。

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