経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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「ドイツに見習え論」の本当の意味

 ギリシャ新政権によるEUとの債務問題の交渉において、ギリシャ側が、突如、ドイツに対して、ナチス・ドイツ占領時代の賠償を要求し、各国を驚かせました。
 ドイツ側は一蹴していますが、ギリシャ側も交渉の一環であり、実際に問題にしようという気はなかったようです。

 一方、日本では、ドイツにまだ戦後賠償の問題があったのかと驚いた人も多かったようです。日本の戦後処理をめぐっては、よくドイツに見習えという話が出てきますが、実際のところドイツはどのように戦後問題を処理してきたのでしょうか?

ドイツは戦後補償は行ったが賠償は実施していない
 あまり知られていませんが、ドイツは戦争に対する賠償は、ほとんど行っていません。
 ドイツは第二次大戦終了後、東西ドイツに分裂してしまうわけですが、東ドイツはまったく新しい政府だとして戦争問題への対応を拒否しました。

 西側諸国は1953年「ロンドン債務協定」を結び、最終的な賠償については東西ドイツの統一後、平和条約を締結してから議論するとしました。とりあえず東西が統一するまで、賠償の問題は棚上げされたわけです。

 西ドイツはその後、協定に基づき、賠償は実施しなかったものの、ナチスの不法行為に対する補償は積極的に行ってきました。またナチスを全否定し、ナチスが行った犯罪については、その関係者を自国の手で徹底的に裁いています。
 ドイツが戦後問題にしっかり向き合ってきたというイメージはこの部分が大きく影響しています。

 ナチスの犯罪への対処は日本では考えられないくらい徹底しています。ナチス関係者による犯罪が立証された場合には、たとえ、本人が組織末端の人物で、上からの命令で実行したことだとしても、一切考慮されません。また、ナチスの犯罪には時効がありませんから、現在は高齢者で健康状態が思わしくなくても、容赦なく逮捕・起訴されます。

 いくらナチスの関係者だったとはいえ、末端の人間で、今は高齢になった自国民を容赦なく逮捕・起訴するというのは、そう簡単にできることではありません。今でもナチス式の敬礼をすればドイツでは問答無用で逮捕されます。

 つまり、ドイツは戦争に関係するあらゆる行為はすべてナチスの責任とする代わりに、その部分に関しては徹底して追求する姿勢を貫いたわけです。

 こうしたドイツの姿勢については、二つの見方ができるでしょう。

 ひとつはナチスが行った行為とそれに対する批判をすべて受け入れ、徹底的に歴史に向き合うというもの。もうひとつは、すべてをナチスの責任にすることで、国家としての賠償を何としても避けようという、冷徹な交渉姿勢です。

 この両者を切り離して考えることはできないでしょう。なぜなら、国家としての賠償を避けようと思った場合には、すべてをナチスに責任にするしか方法はなく、そのためには、ナチスの問題については、一切の例外なく非を認める以外に道はないからです。
 かの有名なワイツゼッカー元大統領の演説も、こうしたスタンスの延長線上に存在しています。

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ドイツ人の冷徹なまでのリアリズム
 ドイツ人がどのような思いを抱いたところで、ドイツは戦争に負けたのであり、戦勝国から追求されることは目に見えています。ここで「自分達にも言いたいことがある」などと、情緒的な主張しても、賠償を避けるという目的を達成することはできません。

 ドイツの政治家は徹底した合理主義者、現実主義者が多いですから、すべてをナチスの責任にする代わりに、何としても賠償を避けようと冷徹に考えたはずです。

 1990年、東西ドイツは統一しましたが、その時には、平和条約は結ばれず、その代わりにドイツ最終規定条約というものが締結されました。平和条約を結んでしまうと、賠償問題が再浮上してしまうからというのがその理由です。
 最終規定条約では、戦争に関する問題はすべて解決済みという認識になっており、結局、ドイツは賠償を行わずに戦後問題を事実上、終結させたわけです。

 こうしたドイツのやり方については、欧州内部でも批判の声があります。しかしドイツは、これを徹底することで、各国から無制限に戦争賠償を要求されるという事態を回避することに成功しました。

 ドイツ人が、このような非常に高度な交渉ができるのは、常に交渉相手の立場になって戦略を練っているからでしょう。
 正しい、正しくないではなく、まず相手は何と言っているのかということを考え、それに対して具体的な駆け引きの材料を提供するのは、交渉のイロハです。「オレは悪くないのに・・・」などということは微塵も考えないのです。

 ドイツはこうした冷徹な交渉をやり抜いた結果、戦後賠償を回避し、しかも戦争問題について真摯に取り組んでいるというイメージまで獲得することができたわけです。

 巷でいわれる「ドイツは、戦争問題に真剣に取り組み、賠償もたくさん行った」という話とはだいぶ異なりますが、ドイツ人の冷徹なまでのリアリズムについて、私たちが学べることは多そうです。

 当然ですが、ドイツがこれだけの交渉ができた背景には、欧州経済、特に金融面におけるドイツの圧倒的な支配力があったことは言うまでもありません。国際政治とはかくも残酷なものなのです。

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