経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

  1. 投資

衆議院の解散で家が借りられなくなった前議員の話から考えたこと

 衆議院の解散に伴って失職した元議員が、選挙区の鞍替えに際して、審査が通らず、なかなか家が借りられずに苦労しているそうです。本人がブログで明かしているのですが、日本の不動産賃貸をめぐる課題が浮き彫りになったケースといってよいでしょう。

就職していないと家が借りられない
 家が借りられずに困っていたのは山内康一前議員です。前議員が所属していた「みんなの党」は路線対立から解党となってしまいました。選挙区から出馬していた人はともかく、比例代表の場合には所属していた党がなくなってしまったわけですから、これは大変な事態です。

 山内氏はみんなの党の消滅に伴い民主党に入党し、埼玉13区から急遽出馬することにしたそうです。すぐに選挙区に拠点を移さなければなりませんから、引っ越しを試みたわけなのですが、ブログによると、失職中ということで家が借りられずに苦労したとのことです。

 連帯保証人や所得証明などを要求され、それでも、なかなか審査に通らず「何としても勝ち残り、審査をパスし、住まいを確保したいと思います」と綴っています。

 選挙区の鞍替えは想像以上に大変なことです。山内氏の言葉はおそらく、純粋な気持ちから出たものであり、あまり他意はないと考えられます。しかし、彼のこの言葉は、日本の不動産が抱える問題を象徴しているともいえます。

 山内氏はごく自然な気持ちとして、国会議員というきちんとした職業に就くことができれば、家も借りられると述べたわけですが、これは、定職がないとやはり家は借りられないということの裏返しでもあります。

 山内氏は議員になる前は、しっかりとした組織にいた方だと思われますので、初めての経験に驚かれたのかもしれません。しかし現実問題として日本は、どこかの組織に所属する形で社会的信用を得ていないと、そう簡単には家を借りることができない社会なのです。

 つまり、全員が就職ならぬ就社を行い、一生同じ会社で安定的に働き続けることが暗黙の了解になっているわけです。現在では終身雇用はかなり形骸化していますし、転職したり起業することは珍しくなくなりました。しかし、不動産の世界は時間の進みがかなり遅れているのが現実です。

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住宅はすべての国民にとって重要な経済基盤
 これは仕事がある、ない、に限った話ではありません。高齢者や身障者などが入居しにくいという状況も、あまり改善されているとはいえません。
 お金は用意できるので前払いをするからと言っても入居を断られるケースもあります。とにかく、あらかじめ決められた形式に合致しない人は、生活インフラから締め出されてしまうリスクがあるわけです。

 最近ではだいぶ持ち家志向は減ってきたといわれますが、それでも家が欲しいという人は圧倒的に多いのが現実です。もちろん、これは価値観ですから、持ち家がよいのか賃貸がよいのかは、人それぞれでしょう。しかし持ち家を望んでいる理由の一定割合が、高齢になると家が借りられず路頭に迷うのではないか、という不安から来ているのだとすると、それは少々考えものです。

 これから日本は人口がどんどん減少していき、数多くの不動産が余剰となります。純粋に需要と供給を考えれば、入居する家がないということはあり得ません。それでもこうした不安が拭えないというのは、やはり不動産業界の慣習が大きく影響している可能性があると考えるべきでしょう。

 さらに言えば、今後は高齢化に加えて移民の流入も進んでくる可能性がありますから、人々のライフスタイルはさらに多様化していくでしょう。昔のような画一的なスタンスで賃貸を行っていたら、ビジネスとして成立しなくなることは目に見えています。住宅は国民生活のインフラそのものですから、社会的な資産として有効活用していくというより積極的な発想が求められるのです。

 これからの時代は、会社に就職しているかどうかではなく、過去の信用履歴(クレジットヒストリー)や現在の資金繰りの状況などから、柔軟に入居者の審査をする仕組みに変えていくことが重要です。一方、家賃を踏み倒したりするような入居者からオーナーを守るための制度も併せて整備していく必要があるでしょう(オーナーが保守的なのは、制度上、借り主が過剰に保護されているという側面も無視できません)。

 ちゃんとした定職に就いていないと家が借りられないので、皆がちゃんとした定職を目指す社会にするのではなく、きちっとした支払い能力がある人は、どのような仕事の形態であれ自由に家を借りることができ、逆に家を所有している人は、そこからしっかりと収益を上げられる社会であることの方がずっと合理的です。

 そういった意味で、前議員にはもう一歩踏み込んで「当選して家を借りられるようにしたい」ではなく「当選して、こうした不動産賃貸をめぐる状況を変えたい」と言って欲しかったというのが筆者の感想です。

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