経済評論家 加谷珪一が分かりやすく経済について解説します

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中央銀行の「金」保有を問うスイスの国民投票は何を意味している?

 スイスにおいて、中央銀行が持つ資産の少なくとも20%を金で保有することを問う国民投票が11月30日に実施されます。少々、非現実的な案ではありますが、投票の結果がどうなるのかはやってみなければ分かりません。
 国内では、日銀が追加の量的緩和策を決定し、欧州でも緩和拡大が叫ばれています。中央銀行の資産劣化に関する問題提起としての意味は大きいのかもしれません。

金本位制は現代社会では非現実的
 各国の金に対する考え方は様々です。スイスは先進各国の中でも金の保有割合が高いことで知られており、現在、約1000トンの金を保有しています。
 絶対量でいくと、米国は8000トンも保有しており、世界の金の4分の1が米国に集中しています。しかしスイスは欧州の小国ですから、経済規模を考えるとスイスの金保有量はダントツといってよいでしょう。ちなみに日本は760トンほどしか金を保有していません。

 戦前は日本も含めて多くの国が金本位制を採用していました。厳密には日本は金本位制ではなく、当時の基軸通貨である英ポンドを金とみなし、これを発行準備として日本円を発行していましたから、金ポンド本位制ということになります(今でいえば日銀がたくさんドルを持っているのでそれを裏付けに日本円を発行したというイメージになります)。

 金本位制は、通貨の信用を維持するためには非常によい制度なのですが、経済状況に応じて通貨を自由に発行することができません。このため恐慌などが発生しても、マネーを大量供給するといった措置を講じることができず、国民が不況で苦しんでいても、それを放置するしかないという状態に陥ってしまいます。

 国民の福祉に関する意識が低かった当時はそれでもよかったのですが、現代社会において、こうした制度はあまり現実的とはいえません。ましてや経済格差や貧困が大きな社会問題になっている今、失業者の生活を破壊しかねない金本位制の導入はほぼ不可能と考えてよいでしょう。
 このため1970年代のドル不安をきっかけに、金を基軸にした通貨制度は消滅し、現行の管理通貨制度が整備されてきたわけです。

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金保有はスイスフラン高への対策という面も
 管理通貨制度のもとでは、量的緩和策に代表されるように、経済状況に応じて自由に通貨を追加発行することができます。一方で、際限なく通貨を発行できてしまいますから、下手をすると通貨の信認が低下するリスクも背負っています。
 量的緩和に失敗すると日本円が紙切れになりハイパーインフレが発生するという主張を時々目にすることがありますが、これは、その極端な例ということになります。

 時折、金本位制への回帰が議論されることがあるのですが、やはりこれも、通貨の信認低下に対する不安からくるものです。
 ただ、先ほども説明しましたように、現在の管理通貨制度は、わたしたちの生活水準向上と引き換えに背負うことになったリスクですから、現実的に金本位制への回帰は難しいものであり、一種のノスタルジーと考えるべきでしょう。

 今回の金の保有義務付けの議論も、基本的にはその延長線上にあるものです。ただスイスの場合、ユーロ安に伴うスイスフラン高という問題があり、もう少し現実的です。

 スイスは高級時計などに代表される高付加価値製造業が盛んで、経済は絶好調です(結局否決されましたが、最低賃金を何と時給2500円にするという国民投票が昨年実施されたくらいです)。しかし、景気が低迷する欧州のあおりをうけて極端なユーロ安、スイスフラン高に悩まされています。

 スイスは為替を安定させるため、大量のスイスフラン売りの介入を行っており、中央銀行には大量のユーロが蓄積されています。しかし、ユーロ安によってその価値はどんどん下がっており、中央銀行の資産は劣化するばかりという状態にあります。

 今回の金保有論はそれを回避するという意味合いもあると考えられます。ただ実際に資産の20%まで金を増やそうとすると、世界全体の投資用の金の需要をはるかに上回る金を購入しなければならず、現実的にはほぼ不可能です。仮に金保有を義務付けたとしても、もう少し低い割合にとどまるでしょう。

 しかしながら、量的緩和策で中央銀行のバランスシートが劣化するという問題は、日本と欧州共通の課題といってよいものです(米国は量的緩和策の縮小を開始しており、バランスシートが改善する方向に向かい始めていますが、日本と欧州はこれからバランスシートが拡大していきます)。
 スイスの金保有に関する国民投票は、その結果にかかわらず、量的緩和策の是非に関する議論に少なからず影響を与えることになるかもしれません。

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