加谷珪一の分かりやすい話

経済評論家 加谷珪一が分かりやすく「お金」、「経済」、「ビジネス」などについて解説します

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円安でも輸出が増えないのはナゼ?

 

 日銀が追加の量的緩和策に踏み切ったことで、為替市場では一気に円安が進みました。今後はさらに円安が進展することになるかもしれません。

 日本が円高に苦しんでいた頃、日本の苦境はすべて円高のせいであり、円安になれば日本経済は復活するという、円安待望論が声高に叫ばれていました。
 アベノミクスの実施によって、現実に円安は実現したのですが、輸出は増えておらず、逆に輸入物価の上昇で生活が苦しくなったと感じる人が増えてきました。これはどういうことなのでしょうか?

円安になっても輸出数量は増えなかった
 安倍政権のスタート前後して、為替市場では円安が進み、円はここ2年で4割近く下落しました。円安によって見かけ上の輸出額は増加しましたが、肝心の輸出量はほどんど増えていません。

 日本の製造業は、外国から原材料を輸入し、これを加工して製品を作り、再び外国に輸出するというモデルを採用してきました。円安になれば、外国に売る製品の日本円での価格は上昇しますが、原材料の輸入額も増加します。円安になったからといって、必ずしも利益になるとは限りません。

 しかし、円安になれば、日本企業には値下げの余地が生まれてきます。円が下がった分、製品を値下げして、より多くの製品を製造して輸出することができれば、その分、コストが下がって利益も大きくなります。また生産設備の増強も必要となりますから、円安は日本にとってメリットが大きいと考えられてきたのです。

 ところが今回の円安では、そのような状況になりませんでした。日本企業は円安になっても、製品価格を引き下げておらず、その分、輸出の数量も増えていません。一方、輸入商材の価格はどんどん値上がりしていますから、国民の生活実感は苦しくなっているわけです。

 では日本企業は、なぜ、円安になっても製品価格を下げず、輸出数量を増やさないのでしょうか?

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日本企業はこれまで、為替で価格を変えたことなどない
 ひとつには、日本の製造業はすでに工場を海外に移転しており、そもそも輸出をしていないという実態があります。トヨタ自動車は、すでに半分以上の自動車を海外で生産しています。日本から輸出そのものを行っていないのです。この場合、円安になっても、輸出は増えません。

 もうひとつは、日本の製造業の収益構造の問題です。そもそも日本の製造業は、為替で輸出の数量が変わるようなモデルにはなっていません。

 日本は1980年代の後半、1ドル=240円台から120円台に急上昇するという猛烈な円高を経験しています。この時、日本企業は、円高によって失われた売上げを補填するための値上げは行わず、コスト削減で乗り切り、輸出数量を維持しました。

 当時の米国は、日本企業の猛烈な輸出攻勢で、国内の企業が次々倒産し、大量の失業者が出ていました。急激な円高になったのは、米国の政治的な圧力も大きかったのです。しかし、日本企業は円高になったにも関わらず、値上げを行わず輸出数量を維持し、米国政府をさらに苛立たせました。

 政治的にはよくないことだったかもしれませんが、これは企業としては合理的な判断です。いくら為替が動いたといっても、昨日まで100万円だった商品を急に150万円や200万円に値上げするというのは、大事な顧客を目の前にして、適切な行動とはいえません。内部のコスト削減を進め、できるだけ販売価格を同じ水準で維持しようとするのは当たり前のことです。

為替で数量が変わるのは途上国の話
 これは逆も同じです。急に円安になったからといって、急に値下げをするということはあまり考えられません。また現実問題として、値下げをしても輸出数量が増えることはありません。なぜなら、日本はもはや途上国ではなく、ネジやボルトといった、低付加価値な工業製品を作っているわけではないからです。

 例えば、自動車のエアバッグは非常に付加価値の高い工業製品で、日本のタカタというメーカーが高いシェアを持っています(同社は今、別のニュースで話題になっていますが)。しかし、円安になったからといって、こうした商品の価格を何割か値下げしたところで、販売数量が1.5倍や2倍になるでしょうか?

 答えはノーです。いくらエアバックを値下げしても、世界で販売される自動車の数が増えるわけではありません。すでに高いシェアを持っているメーカーにとって、販売数量にはほとんど影響がないのです。付加価値が高い製品であればあるほど、こうした傾向は顕著になります。

 円安で輸出数量が増加するなどというのは、付加価値の低い工業製品を作っていた発展途上国の時代の発想であり、現在の日本ではそのような状況にはなりにくいのです。

 こんなことは、製造業の現場では、常識なはずであり、円安になっても輸出が伸びないことは、以前から分かっていたはずです。しかし、円高の時には、経済界から「円高こそが諸悪の根源である」という発言が多く聞かれました。

 もし財界がこの仕組みをよく分かっていなかったのであれば、それはそれで大問題ですし、逆に、企業の業績が伸びないことの言い訳として、円高を利用していたのだとすると、今度は、非常に無責任な発言ということになるでしょう。

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